ローフードキッチン　チヅ　かりゆし

寒がりの私はいつものように重ね着をしていた。

さすがに暑すぎて上から順に衣服を二枚脱いだ。

それでも夜になれば寒くなると思い、その二枚、車に置かず、所用の現場まで持っていった。

用事を終え、会場を出て駐車場までは観光客や人通りの多い道を20分くらい歩かねばならない。
時間は夜の９時を回っているのに真昼のような明るさだ。
先を急ぐ私たちはわき目もふらず急ぎ足で歩いた。

ようやく駐車場に着いた、と思った瞬間手元に持っていた衣服の二枚のひとつがないのに気づいた。
「しまった !! 」
東京時代から愛用していた薄いピンクのブラウス。落としたらしい。

落とした感触もなく、同行の娘も気づかなかったし、道行くひとも気づかなかったようだ。

もと来た道を引き返す余裕もなかったため、会場など心当たりに連絡し、けさまで待った。
が、ブラウスは出てこなかった。

断捨離はよくしていて、衣類も少なくしているが、こんなかたちで手元を離れてゆくのはたまらない。
ピンクのブラウス。どこに消えてしまったのだろう。
しばらく心が残ってしまったけれど、けさになって気持ちを立て直すことにした。

いままで充分私を楽しませてくれたし守ってくれた、と。

長い間ありがとう、と。

それにしても、音もなく姿を消したブラウス。私に何を伝えようとしたのだろう。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◎


☆　いままでたくさん断捨離をしているので、これで前空きの春物の長袖ブラウスは新旧混ぜて５枚になってしまった。薄緑色のものは亡き母の形見。大切にするからね、と誓った。